今年が100年目に当たると言うことで本ブログでも2回 

(No437 502)で取り上げたのが大阪のシンボル通天閣 

であるが、通天閣古くから側面に大きく「日立」の広告が 

入っている。通天閣の電灯工事にはその当時工員として 

働いていた若かりし頃の松下幸之助が働いていたそうだ 

が、その後松下電器として大きくなったのを日立が驚異 

に感じ あえて大阪のシンボルに自社がスポンサーとな 

り広告を出したそうで、その先見の目には恐れ入る。

新しくできた大阪の象徴 通天閣に日立の広告が入るこ

とを松下幸之助(当時松下電器産業社長)は大いに悔し

がったと言う。 

 

さて今でも日立がスポンサーであるが 数年前までは 

こんな感じであった。 

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この側面の広告が昨年 「日立エレベーター」に変わった

 

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日立は 5-6年で広告を変更しているのだがこれで12回目 

の変更だったという。

 

しかし 上記に書いたように事広告(特に通天閣は有る意味

日立の象徴だそうで)にかける思いは半端ではないようだ。 

日立のHPへ行くと通天閣の広告にもかなりの説明がされ

ている。(因みに今の照明はLEDである)

   

そして昨年テレビの広告を止めたのは 今年日立が薄型 

テレビからの撤退を決めたことと無関係だろうか?。

NETで 「通天閣 日立」などと入れて検索するとこの広告 

入れ替えの件につい書かれている記事が散見される。

 

サンケイではこう扱っていた 

通天閣の広告はテレビ事業撤退を意味しないとしなが 

ら、「基本的には5年程度を見据えて検討した結果だ」 

と日立関西支社の中野晃総務部主任は明らかにした。 

高度経済成長期に「三種の神器」の一角を占めたテレビ 

は、日本の電機メーカーが世界をリードする牽引役にも 

なった。いまやデジタル化で急速に差別化が困難になり、 

日本の家電各社の赤字の源泉にもなっている。 

日立は8月に岐阜県でのテレビ生産を停止、56年の生 

産の歴史に幕を閉じた。自社ブランド「Wooo」は、海外 

企業のOEM(相手先ブランドによる生産)で調達する。 

 

 

薄型テレビの自社生産からの撤退が 日立の復活の象徴 

というのは、今それにあえぐ ソニー。シャープそしてパナソ 

ニックの人々はどうとらえるのだろうか?

   

先の 5年を見据えて広告を出す なかなか難しいと思う 

のだが。。。。。。。。。。。。

 

たかが広告 されど広告である。

    

天に届くという意味で名付けられた「通天閣」 今 天国で 

若かりし頃通天閣での仕事で苦労しその後大メーカーの

社長となって悔しがった頃と同じように松下幸之助翁は

再び悔しい思いをしているかも知れない。

 今 通天閣は 5年後 10年後の日本をどう見据えて

いるのだろうか??