宝島社から1996年に発売された「空想科学読本」は小生にとって当時バイブルであった。その後次々と新作が出て 25冊にもなっているそうだがやはり初期の頃のものが一番面白かった様に記憶している。著者は柳田理科雄氏 小生と歳も近い1961年生まれだそうだ。
ウキペディアによると
本書のコンセプトは、基本的には「怪獣映画やSFマンガなどの空想科学
作品で描写されている事象を実際の現代科学で再現すればどうなるか」
を現実の物理法則にあてはめ、シミュレーションすることである。
ユーモアあふれる文や挿絵と科学的な検証が好評を博してベストセラー
になり、続編、関連書も次々と出版されるようになった.
本書は原作の設定を考慮せず、柳田自身の仮説を立て、その仮説も否定
することで元々の設定を全否定しているケースも少なからず存在し、そ
れらの設定を無視した仮説は批判の対象になっている。
間違いが存在する点は柳田も『空想科学読本4』の後書きなどで認め、
謝罪している。
となっていた。
そんな 柳田理科雄氏の名前が昨日NETのトピックス欄で見かけた。
52年前の 1967年4月9日に 初代ウルトラマン第39話「さらばウルトラマン」が放映された 柳田理科雄氏の言葉を借りれば
謎の宇宙人が連れてきた「宇宙恐竜ゼットン」に、ウルトラマン
は完敗。スペシウム光線や八つ裂き光輪などの必殺技がまったく
通用せず、逆にゼットンの光線でカラータイマーを破壊されて、
ウルトラマンはあえなく死んでしまったのだ。KOされるまでの
時間、たったの2分27秒!
ということに。
その詳しい科学的考察は 上記記事をご参照下さい。
柳田理科雄氏は当時5歳であったそうだが 一つ年上の小生は6歳小学校に入学したての間違いなく
「ピカピカの一年生」
(キット とても可愛かったのであろうと密かにこやじは思っているが)
であったはず、その痛いけもない少年の夢を憎き「ゼットン」は打ち砕いたのである。
今考えてみれば 精神的に不安定なはずの入学直後に我らのヒーロが怪獣に負けるなんて。。。それで登校拒否となった1年生も多かったのではないだろうか?、同世代の小生がそうはならなかったのは今となっては大きな謎であるが。。。。
それほどまでに「ウルトラマン」は小生の世代にとっては絶対君主であったし、科学特捜隊の紅一点「フジ・アキコ隊員」(もしくはその後のウルトラセブンでのウルトラ警備隊「アイヌ隊員」)が初恋の彼女であったという人も多かろう。
改めて調べてみると初代「ウルトラマン」の視聴率には驚かされる。
平均視聴率が36.8% 最高視聴率が42.8であるから ここ10年で最高視聴率を誇る「半沢直樹」の初回版最終回の42.2%でも追いつけない高視聴率化け物番組だったのだ。
(最低視聴率が29.0%言うのが その凄さを物語る)
「ゼットンに負けたウルトラマン」の最終回
と、その半年後から1年弱に渡り放映された「ウルトラセブン」の
「アンヌ隊員に正体を告白するモロボシダン」の最終回は
小学1-2年の小生にとっても忘れがたき物語なのである。
と言いながら4/9日が初代ウルトラマンの命日であることを忘れていた小生をウルトラマンは許してくれるのであろうか????
そう思いを馳せながら ゼットンに破れたウルトラマンの 冥福を祈る こやじである。
シン・ウルトラマンはこういう在りし日の少年お思いを どう表現してくれるのか これまた楽しみである。