2日続きの 飛行機ネタですみません。
全日本空輸(ANA)で ボーイング787型機のエンジン再検査の影響による大量欠航が長期化している。7-8月の夏休み期間に合計997便もの多量欠航である。(9月以降も欠航があるようだ)
787型機は今の所最新鋭の飛行機である。当初 リチウムイオンバッテリーの発火問題がANAそしてJALでも発生し運行停止に追い込まれた過去も有るが その後は燃費の優れた中型機として安定した運行が続いていたようであるが ココへ来ての多量欠航の原因はエンジンである。
787型機は ANAも JALも運行しているのであるが実はエンジンが異なる。
ANA機 ロールスロイス社製 トレント1000
JAL機 ゼネラル・エレクトリック社製 GEnx
そして 世界的にトラブルが出ているのは トレント1000の方で日本国内ではANAが対象になっていることになる。
詳しい記事が 東洋経済にでていた。
ご参照いただければと思うが それを読んでいて????
「この話 昔聞いたことが有る」
との所謂フラッシュ・バックが小生に起こった。
ロールス・ロイスのエンジン 圧縮機の問題 タービンブレードなどがキーワードになるが。。。。。。
少し航空機が好きな人は 思い出されたかもしれない。わからない人のために少し歴史を。。。
1966年 アメリカン航空が世界の航空会社に 今までの常識とは異なる大型旅客機の構想を提示した それが「エアバス」構想である(現行のエアバス社はその時の名前を引き継いでいる) 当初の構想は発達型の大型双発・中距離用旅客機。米国内の都市間のルートで幅広く使える中・短距離機で、客席数はオール・エコノミー・クラス配置で250席、航続距離は1850海里(3426キロ)というものであったが その後更に大型化し 座席数は300席以上、航続距離も米大陸無着陸横断が可能というものに行き着いた。
それに対応しジェット旅客機を開発に取り組んだのが アメリカの名門旅客機2社の マクダネルダグラス社とロッキード社である(ボーイング社は当時軍用に熱心でその構想には当初乗らなかった)。
結局それは DC-10型機 及び L-1011トライスター機として1970年に初飛行するのであるが その差異2社が選択したエンジンに違いがあった。DC-10ではアメリカのGE社製エンジンを開発当初選択(後にJALの要望でP&H製エンジンも採用)したのだが ロッキード社トライスターでは野心的な構造を持つロールスロイス社のRB211と言うエンジンを採用したのだが。。。。
この RB211 設計が野心的であった為にその開発に苦労する事になり 結局トライスターの量産化が遅れることになった。(結局その開発の遅れでロールスロイス社は倒産しイギリス政府が国有化し再建することになる)
DC‐10は71年 当初構想のの提起者アメリカン航空で初就航したのだが トライスターは1年ほど就航が遅れ72年に初就航している この1年の遅れの影響が大きくトライスターの販売が低迷する。このことが JALが採用したDC-10に対して どうしても後がないロッキード社の焦りにも繋がり ANAに対して猛烈な圧力を日本の政治家まで巻き込んだ事件・日本の政局まで影響する そうかのロッキード事件を引き起こすのである。
そのエンジン RB211については ウィキペデイアには こう書かれている。
原型は1972年に運航を開始したロッキード L-1011 トライスター向けに開発され、当初は同機のみに使用された。開発段階で、採用した複合材製のファンブレードのバードストライク試験における失敗により、やり直しの必要が生じたため、開発費が高騰してロールスロイス・リミテッドは破産してイギリス政府によって国有化された。このRB211は世界初の実用化された3軸式ターボファンエンジンで、国際的な民間航空機のエンジンの市場において占有率の低かったロールスロイスを主要なエンジン供給会社に成長させる立役者となった。
今回の 787型機のロールスロイス社製トレント1000のトラブルはまさに その当時の事件にその発生経緯がにていて しかもその対象航空会社が ANAというのはなにかの因縁かもしれない。
上記記事はロールスロイス社に関してこう書いている。
「ロールス・ロイスはほかのエンジンメーカー
に比べ、技術的なチャレンジをする会社」
それはそれで正しいのであろうが 同様な問題を50年近いの歳月を経て繰り返しているというのは 果たしてどうなんだろうか??? しかし 前回はそのエンジンが最終的にものになったことが今のロールスロイス社の礎なのだが????? そんなことを考えるこやじである。
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